浅井 政元(あざい まさもと)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。浅井氏の家臣。

来歴

浅井久政の次男として誕生。浅井家の財政管理を行っていたという。また、智謀にも優れ、参謀役として兄・長政を補佐した。

天正元年(1573年)、羽柴秀吉を総大将とする織田軍の小谷城攻め(小谷城の戦い)で、落城寸前まで戦い抜き自害した。享年26。

系譜

  • 『寛政重修諸家譜』には記載がない。
  • 『柳営婦女伝』には記載がない。
  • 『諸家系図纂(続群書類従)』には記載がない。
  • 『東浅井郡誌』では『浅井三代記』に登場する海津長門守政元が「亮政聟」とされていることから、海津政元というのは、久政の娘婿で海津を本拠とする田屋氏の出身の浅井明政の「偽名」であるとしている。
    • ウィキソースには、浅井三代記/海津信濃守政義謀叛の事の原文があります。

出典


淺井長政正傳 浅井長政正伝 死して残せよ虎の皮 鈴木輝一郎 Kiichiro Suzuki 學陽書房人物文庫 歷史小說 Waukeen私藏

浅井長政_極 HASEL

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